チート無し!? 絶望の始まり(後編)
夜の村は静かだった。草の匂いと、虫の声が風に乗って届く。宿屋の安い部屋で、のび太は床に敷かれた藁の寝床に寝転びながら、天井を見上げていた。
「今日だけで、三回は転んだな……。いや、四回かも……」
額にできた小さな痣を触りながら、のび太は小さく呻いた。体のあちこちが痛い。筋肉痛、打ち身、擦り傷、そして心の傷まで。
「チート能力もない。道具もない。僕は……この世界じゃ、ほんとに何もないんだなぁ……」
ぽつりと呟く声に、誰も答える者はいない。
それでも、のび太はふとポケットを探った。そこにあるのは、昼間リューシカから受け取った銀貨一枚だけ。小さいけれど、冷たくて、ちゃんと重い。
「……でも、これは、僕が頑張って手に入れたやつなんだ」
小さく微笑んだその瞬間、扉がノックされた。
「のび太、起きてる?」
リューシカの声だった。のび太が「うん」と答えると、彼女が部屋に入ってきた。手には紙袋を抱えている。
「はい。差し入れ。傷薬と、明日からの訓練メニュー」
「うぇっ……訓練、もう決まってるの!?」
「当たり前。明日は草原の外れで“魔物の気配に慣れる訓練”をやる」
「ま、魔物!? 僕まだ剣すらまともに……」
「慣れるだけ。戦わないよ。見るだけ」
言葉とは裏腹に、彼女の目は笑っていなかった。のび太は絶望を感じた。
「……これが、チート無しの世界……」
「それでも、進むしかないんだよ。逃げたい気持ちは分かる。でも、逃げたって帰れる保証はないんだ」
リューシカは、少しだけ声を落とした。
「私も、ここに来たばかりのときは同じだった」
「えっ……?」
「……まあ、その話は今度ね」
何かを隠すように、リューシカは小さく笑った。
「とにかく、今日はちゃんと寝て、明日ちゃんと起きること。逃げるなよ」
「う、うん……」
部屋を出て行くリューシカの背中を見送りながら、のび太は心の中で呟いた。
――この世界には、ドラえもんもいない。スモールライトも、タケコプターも、タイムマシンもない。
――あるのは、自分の体と、笑われそうなほど高い“運”だけ。
それでも、今日も生きて、飯を食べて、銀貨を一枚手に入れた。絶望の中にも、わずかな前進があった。
「……明日は、今日よりちょっとだけマシになれたらいいな」
そう願いながら、のび太は瞼を閉じた。すぐに寝息が聞こえはじめる。
――どんな場所でも一瞬で眠れる。これだけは、異世界でも健在だった。
今回のまとめ(今回のまとめというタイトル)
第3話では、のび太が“チート無し”の現実に直面し、過酷な労働と挫折に打ちのめされる姿が描かれました。しかし、そんな中でも初めての報酬、リューシカの励まし、そして小さな前進が、彼の中にわずかな希望を灯します。
異世界生活の厳しさを知る一方で、自分の力で何かを成し遂げるという喜びもまた、のび太にとってかけがえのない経験となっていきます。
次回、第4話『魔物に追われて泣きながら逃走』もお楽しみに!
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