プロローグ
薄暗い部屋の中、のび太は机に突っ伏して眠っていた。夏休みの宿題も、明日の約束も、全部ほったらかしていた彼の手元には、漫画とお菓子の袋が散らばっている。時計の針は深夜を過ぎ、虫の声だけが部屋に響いていた。
ふと、窓の外に閃光が走った。雷だと思いきや、それは眩しいほどの光の柱となって、部屋中を真昼のように照らし出した。のび太はその光に気づくことなく、幸せそうな寝息を立てていた。
――次の瞬間、世界は音もなく塗り替えられた。耳鳴りも、衝撃もない。ただ、ふわりと身体が浮かぶような感覚の中で、彼の意識は闇の中へと吸い込まれていった。
そして、目を覚ましたのび太の目の前には、見知らぬ大地と、青く広がる空、そして巨大な角を持つ生き物の姿があった。
目が覚めたら異世界だった(前編)
「……んがっ!?」
のび太は跳ねるようにして起き上がった。背中に触れる草の感触、そして、聞いたことのない鳥の鳴き声。まるで夢の中にいるようだった。
「ここ……どこ? ドラえも~ん!!」
いつものように泣き声混じりで名前を叫んだが、どこからも返事はなかった。辺りには広がる緑の平原。見渡す限り建物も人影もない。ただ、遠くの山脈が静かにそびえていた。
「うそ……僕、家で寝てたはずなのに……」
そのとき、足元の草むらがガサガサと音を立てた。のび太はびくっと肩を震わせ、一歩後ずさる。
「ま、まさか……いきなり魔物とかじゃ……」
現れたのは、ウサギのような耳を持ち、猫のような尻尾を揺らす不思議な生き物だった。のび太は胸をなでおろした。
「なーんだ、ただの動物か……よかった~」
しかしその安心も束の間、生き物の背後から、今度はドスン……ドスン……と地響きのような足音が迫ってくる。振り返ったのび太の目に飛び込んできたのは――体長3メートルはあろうかという、恐竜のようなトカゲの魔物だった!
「ひ、ひいいぃぃっ!!」
逃げ出したのび太は、何も考えずに草原をひた走った。足元の石に躓いて転びそうになりながらも、ただひたすら、叫びながら逃げた。
「誰かーーっ!!助けてーーっ!!」
息が切れ、足がもつれる。もう無理だ、と思った瞬間――。
パンッ!
乾いた音が響き、のび太の目の前で魔物が立ち止まった。そして、ガクリと倒れ込む。何が起きたのか理解できないまま、のび太はその場に座り込んだ。
「……おい、無事か?」
声のする方を見上げると、そこには一人の少女が立っていた。腰まで届く銀髪に、鋭い目つき。手には剣。彼女はゆっくりと歩み寄り、のび太の顔を覗き込んだ。
「お前……異世界の人間か?」
のび太は何も答えられなかった。ただ、頷くことしかできなかった。
